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【祖母井秀隆さんコラム「欧州組」開拓期 破天荒な日々】

今月もやってきました。
つき始め、1週目の火曜日。
祖母井さんには、千葉の選手の移籍情報は
流れているんでしょうか・・・。
そんな祖母井さんは、30年前、けっこう破天荒な
海外組だったんですね。
それが今回綴られてます。




本格的にサッカーを始めた報徳学園高(兵庫)の3年の時に
重傷を負い、大体大では選手よりも指導者に
気持ちが傾いていました。
その中で、特に海外サッカーへ興味を持ちました。

当時、読売クラブにはバルコムというオランダ人コーチがいて、
その教えを請うために練習に参加させてもらったりしていました。
その縁もあって、卒業後は読売クラブに入団。
約半年後に通訳として、ドイツサッカー留学ツアーに
参加するチャンスが訪れました。
私はここで大きな決断をしました。
読売クラブと2年契約をしていた私は、30万円の
違約金を払って退団し、ツアー通訳を負えた後も
ドイツに居残りました。
ビザは切れて所持金も乏しくなり、ブレーメンの港で
船荷の積み込みなどの仕事をして生計を立ててました。
不法滞在者として厳しい生活を送っている中、
地元のサッカークラブの練習を見かけました。
気づいた時には、「セレクション(入団テスト)」と
叫びながら、ピッチに立っていました。
飛び入りながら、テストには合格。
そのクラブは当時4部のアマチュア「BTSノイシュタット」でした。

トップチームの出場給と、ジュニアチームのコーチで給料を
もらえるようになりました。
滞在手続きをしてもらったうえ、
下宿やドイツ語を勉強するための大学の紹介も
してくれました。
ここでドイツの大学へ入学できる資格を得て、
後にケルン体育大に進むことができました。
私は1メートル68と小柄ですが、
ヘディングでは負けませんでした。
センターフォワードとして結構、シュートも入れました。
スタジアムにはスタンドはありませんでしたが、
約900人がピッチのまわりを囲んで1859年創立の
伝統クラブを応援してくれました。
試合後には、選手がクラブハウスに集まり、
ビールを飲みながら、「おまえのせいで負けた」とか、
いろいろなことを話し合いました。
日本では試合後に酒を飲んで語り合う習慣がなかったので
新鮮でした。

ジュニアユースの監督をしているときはこんなことが
ありました。
判定ミスで負けた相手チームが、審判に
詰め寄っていると、親が
「バカヤロー」など言って近づいてきました。
てっきり、子供たちに注意するのだと思っていたら、
車で逃げようとした審判に医師を投げ始めました。
日本ではありえない経験をいろいろとさせてもらいました。
(YOMIURI)



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祖母井さん、本出版しましたv
   








| サッカー | 13:05 | comments:3 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

祖母井さんの新刊本を買うか、本屋でサッと斜め読みするか悩んでるところです。
彼の人となりは東洋経済(2007.7.7)のインタビュー(by 木崎)を読み返して見ると、ホンマにポジティブな性格だと実感。
高校時代から海外を夢見て欧州のペンフレンド(何故か女性ばかり)と文通したり、マン・Uに入団申請をだしたりとか。
欧州移籍を考えてる若いJリーガーがいるとしたなら、この進取の気象を見習って欲しいよね。

| potato | 2008/02/05 19:47 | URL | ≫ EDIT

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| | 2008/02/05 19:50 | |

たかがアマチュア‥‥でも今でもちゃんとHP有る!
http://www.bts-neustadt-fussball.de/
ドイツってスゴイ!

| Joseph | 2008/02/06 04:24 | URL |















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